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きである。意法はその94条で地方公共団体の自治権を具体化して定めているが、そこにいう『行政の執行』には租税の賦課、徴収をも含むものと解される。そこで例えば、地方公共団体の課税権を全く否定し又はこれに準ずる内容の法律は違意無効たるを免れない。」
「意法は地方自治の制度を制度として保障しているのであって、現に採られている、あるいは採らるべき地方自治制を具体的に保障しているものではなく、現に地方公共団体とされた団体が有すべき自治権についても、意法上は、その範囲は必ずしも分明とはいいがたく、その内容も一義的に定まっているといいがたいのであって、その具体化は意法全体の精神に照らしたうえでの立法者の決定に委ねられているものと解せざるをえない。このことは、自治権の要素としての課税権の内容においても同断であり、憲法上地方公共団体に認められる課税権は、地方公共団体とされるもの一般に対し抽象的に認められた租税の賦課、徴収の権能であって、意法は特定の地方公共団体に具体的な税目についての課税権を認めたものではない。税源をどこに求めるか、ある税目を国税とするか地方税とするか、地方税とした場合に市町村税とするか都道府県税とするか、課税客体、課税標準、税率の内容をいかに定めるか等については、意法自体から結論を導き出すことはできず、その具体化は法律(ないしそれ以下の法令)の規定に待たざるをえない。
「電気ガス税という具体的税目についての課税権は、地方税法5条2項によって初めて原告大牟田市に認められるものであり、しかもそれは、同法に定められた内容のものとして与えられるものであって、原告は地方税法の規定が許容する限度においてのみ、条例を定めその住民に対し電気ガス税を賦課徴収しうるにすぎないのである。」
裁判所は、地方団体の課税権が意法上保障されたものであるという判断を示す一方で、憲法上の地方自治に関して制度的保障説を採用し、地方税に関する事項の規律について法律の役割を重視する考え方を述べている。本判決は、地方自治自体の保障が制度的保障である(成田頼明「地方自治の保障」富沢俊義先生還暦記念論文集・日本国意法体系5巻240頁)ことを反映して、「〔自治権の〕具体化は憲法全体の精神に照らしたうえでの立法者の決定に委ねられて」いるとして、地方団体が具体的な財源を自主的に決定することは許されないとの考え方を示している。
これに対して、法律の規定をまたなければ地方団体の課税権は具体化されないという考え方に対しては、批判がなされている。地方団体が憲法により直接に課税権を保障されている以上、法律の定めは、憲法により認められた地方団体の自主的課税権をおかすものであってはならないというのである(碓井光明・地方自治判例百選〔第1版〕15頁。特に、北野弘久教授は、たとえば、「憲法と税財政」9章において、「新固有権説」を強く主張しておられる)。すなわち、このような考え方によれば、意法が国と地方団体の課税権の調整について一定のありかた(あるいは、おかしてはならない地方団体の課税権の範囲)を具体的に示しているということになろう。もっとも、実際に地方団体の課税権の具体的な限界を見出すことはきわめて困難なことである。このような限界を確定することが困難であるが故に、本判決は立法者の裁量を広く認めていると考えることもできよう)(橋本博之・租税判例百選〔第3版〕13頁参照)。
このように考えてくると、日本国憲法の下においては、課税に関して完全な中央集権もありえず(意法は地方団体の課税権を保障している)、完全な地方分権もありえない(連邦においてさえ地方税に関する一定のルールは存在することが多いであろう)のではなかろうか。地方団体の課税権が憲法上保障されているという考え方を前提として考える限りにおいて、本判決のような考え方も、それを批判する考え方も、いわば質的に同種のものであるということになろうか。両者の考え方が対立するのは、憲法の予定する地方団体の課税権の境界線をどのように画するかといういわば量的な問題においてである。そして、
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